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髪の毛○○本になるとハゲ? 古代ギリシャのハゲ頭 今は昔の物語

ハゲたおじさん

今は昔の物語


 あるところにフサフサのおっさんがおったそうな。おっさんの髪の毛を数えるとちょうど10000本あったそうな。さて、おっさんの髪の毛を抜いてハゲにしようというゲームが唐突にも始まってしまった。1ターン目、1本抜くと残り9999本でまだフサフサ。2ターン目、もう1本抜くと残り9998本でまだフサフサ。3ターン目もう1本抜くと、残り9997本でまだフサフサ。ゲームは4ターン、5ターンとゆっくりと、そして確実に進んでいった・・・

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・・・そして9999ターン目、もう1本抜くと残り一本でまだフサフサ、あれ?



 いきなり不思議な話をしてしまい、読者のみなさんゴメンナサイ。これは紀元前、古代ギリシャの哲学者エウブリデスが考え出し、そして現在も解決されていない哲学的難問「ハゲ頭のパラドックスをこのブログの管理人であるボクがパロディにしたものだ。

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 バカバカしいないようだが「ハゲ頭のパラドックスを少しでも感じてもらえるように、本質をはずさずにアレンジしている(つもりである)。

 お察しのとおり、このパラドックスのポイントは「ハゲとフサフサは明らかに違うのに、1本ずつ抜いていったらどこで区別したらいいのかわからないじゃん!」ということに尽きる。

 もちろん、「9000本になると少しさびしい」とか「7000本だとかなりやばい」とか、5000本になるなら死んだ方がいいよネ!」とか、人によって目安や基準、感じ方はそれぞれあるだろうが、フサフサ」と「ハゲ」の明確な区別はできないのである。

 実は、このパラドックスは、少し広くとらえると、ボクらの身近な至るところに転がっている。

     



   例えば、

     「何才から大人になるのか」
     「どれだけ勉強すれば頭が良いのか」
     「何をどれだけ持っていると裕福なのか」

といったように、普通に生活をしている日常においてヒョコヒョコと顔を出し、ときにはボクらを悩ましたり、明確な区別」を求めてきたりする。

 さらに、忘れてはならないのは、この「明確な区別」不条理な形になって現れることもよくある、ということだ。

 「オレ、明日ハタチの誕生日だから、まだ19才の今日のうちにオマエをコロシてやるぜ、ウケケ」とか「あなたの試験の得点ですか。697点ですね。あー、698点あれば東大合格だったのに残念です、ニヒヒ」なんてことが現代社会では時々起こったりする。(ちょっと極端か!?)

 世の中、白黒ではっきり割り切れるものは、実はそれほど多くはないのかもしれない。実際に存在するのは「ちょっと黒いグレー」「ほとんど真っ白なグレー」といった、言わば、豊かなグラデーションだろう。
 ただし!そこに、社会運営上の必要から、無理矢理にメスを入れ、(実際にはありもしない架空の)白とか黒に分けてしまう。その結果、グレーの豊かなグラデーションは見失われ、多くの不条理を生み出してしまう。
 上で例示した、東大の入試に1点たらずで落ちた人は、合格者の能力や努力とそれほど変わらないだろう。

 こうした不条理は、発展した社会では避けることのできない必要悪とも言える。だが、不条理に隠れた豊かなグラデーションを時々思い起こすことで、モノゴトの本当の姿が見えてくることもあるのではないだろうか。

 ハゲたフサフサのおっさんが、本当の姿を見せてくれるのである。

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